Jimny徒然記 2010年1月

 このページでは、私Jimnyの周りで起こったことや、
 日々感じたこと思ったことなどを徒然に綴っていきます。
 なにか不適切な表現や、間違った記述などがありましたら、
 ぜひご指摘ください。


            *これまでの徒然記一覧

【今月の目次】
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●2010.01.24・・・・多良岳へ(新人さんを迎えて)
●2010.01.17・・・・岩屋山
●2010.01.15・・・・山の友に感謝
●2010.01.09・・・・雲仙へ(画像だけ)
●2010.01.04・・・・今年の初山行

●2010.01.24・・・・多良岳へ(新人さんを迎えて)
今日は、山の会「山人」で多良岳へ行きました。
地図コンパス研修の山行でした。

「山人」にしては珍しく女性の参加者が5名あり、総勢10名の大人数となりました。
そしてそのうち4名がお試し会員です。
この日はじめて会った方は佐世保市からの女性でした。
単独で山に登り始めて1年半程度との事でしたが、装備もきちんと揃えておられ、結構登りこんでるな、と言う印象を持ちました。今が一番山が楽しい時期みたいです。あの山に行きたい、この山にも行きたい、そしていつかはアルプスにも・・・・・。

ご本人がそう言っておられました。

私も山にのめり込みはじめた頃は、「九州百山峰」と言う本の末尾に載っていた山のイラストを、登頂する度にピンクの蛍光ペンで印を付けていったものでした。

以前この徒然記に書いた事があります。

確か、山と渓谷か岳人からの引用だったと記憶しています。

「自分が訳知り顔の厭味なベテランにならないために、毎回の山に真剣に向かうために、自分のパーテイーに未熟な新人さんがいつもいてほしいと思う。季節は春、新人を新入生を、自分自身のパートナーとして迎えたいものだ。」と。

●2010.01.17・・・・岩屋山

登山口

山頂にて
岩屋山へ登りました。 「山人」に入会することになった女性2人と一緒に・・・。
あまり山の経験はないとのことでしたので、のんびりゆっくり登って来ました。

雪が残っているかなあと思いながら登りましたが、ほとんど(と言うかまったく)雪は残っていませんでした。 同じ時間に雲仙に登っていた山人メンバーのビリーちゃんからは、雲仙も霧氷はぜんぜんでしたとのメールが入りました。

ここ数日の寒気も和らぎ、今日の岩屋山山頂はポカポカ陽気でした。

今日のお二人は、40歳代と山ではギャル年齢です。

男ばかりの「山人」に、嬉しい女性入会者です。

●2010.01.15・・・・山の友に感謝
山の友と呼ぶにはあまりにも失礼ですが、私の山の先輩であり、人生の恩人でもある北九州市在住の「山旅人さん」が、去る1月11日午後3時過ぎに亡くなられました。

人の死に接し、これほど涙が止まらなかったのは21歳のときに父を亡くしたとき以来でしょうか・・・・。

彼のことをここに書こうかずいぶん迷いましたが、彼の人物像を、彼と交流のあった同じ山を愛する人たちに少しでも知ってもらえたらと思い、書くことにしました。
私と山旅人さんとの出会いは、ネットを通じてでした。 彼のHP開設は1999年4月1日とHPに書かれています。 私のHP開設は同じ年の秋頃だったと記憶しています。 さっそく掲示板やメールのやり取りから交流が始まりました。

そして、山でお会いするようになり 一緒に何度となく山へ登りました。
私は当時小さな商売をしていて、彼は偶然にも同じ業界人で、地域では大手の会社の社長さんでした。 そんなこともあって交流は深まりました。

そんな時、私がテナントで入っていたスーパーが突然倒産し、売上債権など1.500万円ほどが回収不能になりました。 商売をしていればそれくらいの負債は当たり前の額ですが、回収不能になったその金額よりも、明日からの収入が突然無くなってしまったことの方がショックでした。

「目の前が真っ暗になる」  まさにその通りでした。 目の前が真っ暗になりました。

子供たちは自立していましたので、もう商売をする気にはなりませんでした。 中高年では簡単に再就職もなく、とりあえずタクシーに乗って急場をしのいでいましたが、やはり生活は大変で返済金にも苦労する毎日でした。 そんなある日、彼のHPの30.000アクセスを祝う会が彼の自宅であり、私も家内ともども北九州へ出掛けました。

以前から私の窮状を聞いていたらしく、「君には山の技術があるじゃないか。山のガイドをやれ」、と私に言われました。 山をお金にすることに抵抗のあった私に、「喜んでくれる人があるならいいじゃないか。やれ!」と言われ、「俺が第一号の客になってやる」と、早速冬の根子岳に行くことになりました。 先日久しぶりに葬儀で会ったO君も来てくれ、3人で行った事を懐かしく思い出します。

その後も、彼が創立メンバーでもあり顧問であった「九州さんらく会」の技術講習会なども働きかけてれました。 そういう山のガイド(とは言えませんが)などもしながら、なんとか窮状を脱することが出来たのも、彼のその時の男気に救われたからでした。

おかげさまで、現在は返済金も終わり我が家のローンも終わり、子供たちもちゃんと生活しています。
余裕はありませんので、遠くの山へ出かけることはそんなに簡単ではありませんが、こうやって近くの山に登ることが出来るのも、彼のおかげと言って間違いありません。

まだまだ心の整理は付きませんが、彼の人となりを知っていただきたく、私のお恥ずかしい過去のことも書かせていただきました。

「自然派マガジン 山旅人の雑記帳」を開く度に、彼があの山・この山で笑っているように思えます。

すいません。涙が溢れて止まりません。

山旅人さん、来世でまた一緒に山に登りましょう。 それまでしばらくの間、 さようなら・・・・・。


●201.01.09・・・・雲仙へ (画像だけ)

仁田峠の神社の水が凍っている

普賢岳まであと一息

雲仙の門番じゃなくて「妖精ミラ様」と

山頂

霧氷

霧氷のトンネル

おじさん!邪魔!

平成新山が雄雄しい

●2010.01.04・・・・今年の初山行

今年の初山行は、宮崎県の宇土内谷でのアイスクライミングでした。
バイルを出すのは5年振りです。

相棒のハマちゃんのバイルは去年買ったものだということで、握らせてもらいましたがその形状もですが重さがぜんぜん違います。
クライミングの世界、中でもアイスクライミングの道具は進化が激しいようです。

どっちにしろ、そんなに難しい壁は登れるはずもないので、道具を選ぶほどのレベルではありません。下手ほどいいものを使いなさいという見方も出来るのかもしれませんが・・・・。

大滝は凍結がまだまだ登れる状態ではなかったので、三段滝を登ってきました。
ここは氷結バッチリでした。

下山が早かったので、比叡山に立ち寄り「第一スラブノーマルルート」を、亀の子スラブの下まで登ってきました。

今年の初山行は天気に恵まれ、新年の良いスタートが切れました。

相棒のハマちゃんに感謝です。

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